世界中の動きをお知らせします

湯川秀樹

宇宙には、根源的には四つのカしか働いていない。

重力、電気や磁気カ(ひとまとめに電磁力という)、弱いカ、そして強いカだ。

重力はイギリスのニュートンが定式化した。電磁力はこれもイギリスのファラデーたちに始まり、マクスウェルがその理論を完成させた。

弱いカは、原子核の(ベータ)崩壊とか、そういう放射線を発生させるもとになっており、イタリアのフエルミが、湯川秀樹が中間子論を発表する直前にいい出した。

そして、強いカこそ、湯川秀樹が中間子論という形で、世界に最初にいい出したものなのだ。

湯川による中間子論からスタートし、50年ほど経ち、クォークを結びつけるカという形で最終的に完成した。

ともあれ、この宇宙を形づくっている根源的な四つのカのひとつを日本人がいい出したということ自体、日本人にあまり知られていないのではなかろうか。

湯川秀樹…中間子論…の名ぐらいは知っていても、ね。

中間子の”中間”とは、質量が重~い陽子と、軽~い電子の中間にある、といった意味あいだ。

それまで、物質をつくっている、すなわち原子をつくっている素粒子は、陽子と電子、それに当時に発見されたばかりの中性子の三種類しか存在しないと思い込まれていた。

それら以外に、質量をもった素粒子があるという説は、外国では考えられていない、ピッカピカの真新しい考え方だったのだ。

1935年に、湯川は中間子論の論文を発表したが、あまり反響を呼ばなかった。

湯川自身も、しばらくは別の研究論文を発表している。

ところが、1937年、宇宙線の中に中間子が発見されると、俄然、湯川の予言は脚光を集めた。

中間子の研究が世界中でブームになり、湯川も、研究内容をつぎつぎに書きあらため、進歩させていく。

しかし、新しい粒子を導入して、問題の解決を図るというやり方は、すべて最初の論文に始まる。

その後、さまざまな素粒子が発見されたが、そうした数多くの種類の素粒子を考えてこそ、原子の構造やそれを形づくるカが理解できる、ということが明らかになっていった。

この素粒子物理学の最初を切り拓いたのが、中間子論だった。

湯川は、1949年、この業績により日本で最初にノーベル賞を受賞した。

敗戦にうちのめされていた日本人の多くに希望の灯をともしたのだった。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。