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長岡半太郎

19世紀末、ヨーロッパで物理学の大変革が始まった。

レントゲンがⅩ線を発見したのをきっかけに、ウランの放射能やそれより強い放射能をもつラジウムが発見された。

内部構造のない究極の粒子と考えられていたアトム(原子)に内部構造があるんじゃないか。そこから放射能がもれてくるのではないか…‥。

さらに、Ⅹ線の発見を生み出した陰極線の研究から、電子の存在が確認される。

こうした発見をもとに、イギリスの物理学者ケルヴィン卿が、1902年、原子の内部構造を説明する仮説を発表した。

原子は、プラスの電気を帯びた重い球(陽電荷球)と、その内部で自由に動き回っている小さな電子とから成り立っている、というのだ。

その、ケルヴィン卿の仮設に疑いをもったのが、極東の小国日本の、まだほとんど無名といっていい物理学者、頑固オヤジ長岡半太郎である。

陽電荷球が物質であり、電子も物質~ そんなふうに物質が重なっているのはへンだと思ったのである。

ぶよんぶよんのスープ状の電荷球の中に、粒々の粒子が跳ね回っているとすれば、おかしくないが、硬球のような陽電荷球なら、やはりオカシィ。

大英帝国の権威であろうと、断固疑うあたり、頑固ぶりはミゴト!

長岡半太郎がえらいのは、トンデモ科学流に自らの理論のなかに閉じこもって、仮説を提出したのではないことにも現われている。

相手の土俵で相手と渡りあった点である。

あの超天才マクスウェルの若かりし頃の論文で、土星の輪の安定性を数理的に証明したものがある。

そのマクロな対象に.ついての理論を、長岡はミクロの世界に適用したのた。

長岡半太郎がその論文を発表して、十年ほど経った頃、これも大英帝国のラザフォードが実験でケルヴィン卿の負け、長岡半太郎の勝利を告げた。

しかし、しゃらくさいことに、ラザフォードは実験の前に長岡半太郎の論文を読んでいない、とわざわざ論文に記している。

それには、実は長岡半太郎にも責任があるようだ。外国の学者から議論をいどまれると、「自分の原子模型は数学的なもので、実在の原子とはちがう」とか、「この模型は将来の原子模型を完成させるためのヒントにすぎない」とか言い逃がれしているのだ。

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